ありがとう、ジャック・ボナヴェントゥーラ

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during the Serie A match between Juventus and Atalanta BC at Juventus Arena on May 5, 2014 in Turin, Italy.

アタランタユースで育った稀代のマエストロ、ジャックボナヴェントゥーラが現役を引退することが発表された。近年ではミランやフィオレンティーナで活躍をしていたが、僕たちにとってのジャックはアタランタプリマで育ったあの細身で、誰よりも賢くボールを運ぶ少年だ。

アタランタ暗黒期を照らした希望の光

今でこそアタランタはCLの常連となり、セリエAの強豪として数えられている。けれど、ジャックが頭角を現した2010年代初頭は、クラブにとって決して楽な時期ではなかった。セリエBへの降格、そして苦しい昇格争い。

そんな泥臭い戦いの中で、ジャックのプレーだけはいつもエレガントだった。左サイドを主戦場としていたジャックはボールを上手く元運び決定的なパスを通し自らもネットを揺らす。2012-13、2013-14シーズンの彼は、まさにチームの心臓だった。彼がボールを持てば、スタディオ・アトレティ・アズーリ・ディ・イタリアの空気は一変し、「何か、魔法が起きる」という期待感に包まれたものだ。

2014年夏の涙と、残されたもの

忘れもしない2014年8月31日。移籍マーケット最終日、彼は泣いていた。 インテル移籍が破談になり、急転直下で決まったミランへの移籍。ガリアーニ氏の隣で、目を真っ赤にしながら契約書にサインする彼の姿は、決して「早く出ていきたい」という選手のそれではなく、愛する街とクラブを離れる痛みに耐える一人の青年の姿だった。

彼が残してくれた多額の移籍金は、皮肉にもその後のアタランタの躍進、そして練習施設やスタジアムの近代化を支える礎の一部となった。そうあのアタランタ大躍進の立役者パプゴメスはジャックの後釜としてアタランタに移籍してきたのである。彼はピッチの上だけでなく、その「去り際」によってもクラブの未来を救ってくれたのだ。

ベルガモの心臓、そしてイタリアのマエストロ

アタランタでの通算135試合、24ゴール。 数字以上に僕たちの記憶に刻まれているのは、どんなに大きなクラブへ行っても、対戦相手としてベルガモに戻ってくるたびに、彼が送ってくれたリスペクトと、僕たちが彼に贈った惜しみない拍手だ。

ミランで苦しい時期を支え、怪我を乗り越え、フィオレンティーナで再び輝きを放ち、34歳で代表に返り咲いた。その不屈の精神こそ、ベルガモの気質そのものではないか。

ジャック、本当にお疲れ様。いつか、指導者として、あるいは別の形で、またあの青と黒の街に戻ってきてくれる日を待っている。

君の物語の第2章に、大いなる祝福を!

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